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なんの穴かはナイショ

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山椒魚は喜んだ。そのバスタブの中に居さえすれば、何もせずとも山椒魚の大好きなおいしい汁が降ってくるのである。

ちょろちょろと絶え間なく降り注ぐその甘い汁を啜り、肌に擦り込み、においを嗅ぎ・・・その快楽に惚けて、ただ自分のしっぽをシコシコ擦るだけの怠惰な日々。そんなある日、山椒魚は自分がそこから出られなくなってしまったことに気が付きました。

何故だ?そうかこの汁を飲み過ぎて肥ってしまったのか、それとも常に刺激を与えていたしっぽ以外の部分が萎えてしまったのかもしれない、気付けば目も耳も前みたいにうまく機能していない気がする・・・廻らない頭でぐるぐると考えを巡らせます。


「あははは、かわいそうに!」

突然の、誰かの笑い声。みっちりと身体が嵌まり込んでしまったバスタブの底から見上げると、真っ黒でヌメヌメと光った蛙がこちらを見下ろしています。

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(カエル参考画像)

「おまえ、そんなにその汁が好きかい?」

うまく聞こえない耳にもわんわんと響く、魅惑的なその声。思わず山椒魚は、コクリと頷きます。それは、そうだ。この汁に夢中になり過ぎて、自分が動けないことにすら気が付かなかったのだから。まだ甘い汁でじっとりと濡れているしっぽを擦りながら、はっきりと見えない眼で山椒魚は蛙を見つめます。蛙はニヤリとわらいました。

「そう・・・だったら、もっといっぱいあげようねえ!」

そう言い終わるや否や、蛙は機敏な動きで山椒魚の上に跨ります。そしてだらしなく半開きになった山椒魚の口めがけて大量の汁を注ぎ込みはじめました。「ほら、これが好きなんだろう?一滴も無駄にするんじゃないよ!」そう言う蛙の眼はギラギラと凶悪に輝いています。

満足に息が出来ないせいか、それとも大好物の汁に溺れる恍惚か。山椒魚の頭は朦朧とし始めました。大好物のその、熱く香しい汁を全身に浴びて、山椒魚はぜんぶ、濡れてしまった。濡れるほどに、何故自分がここにいるのか、苦しいのか苦しくないのか、なぜこんなにこの汁が好きなのか、一体自分は何者なのか・・・そういうことがどうでもよくなってしまいました。


「どうだ苦しいだろう?もう止めて欲しいかい?」

蛙がそう尋ねる頃には、山椒魚は山椒魚でなくなってしまいました。全身をぐっしょり濡らし、ただ蛙を見上げ、大好きな汁をねだるだけの悲しい生き物。そして、山椒魚は蛙を惚けた眼で見つめ言います、もう自由なんて欲しくないのだ、と。





山椒魚 (新潮文庫)山椒魚 (新潮文庫)
(1948/01/19)
井伏 鱒二

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・・・井伏センセイ、ごめんなさい。


[ 2013-06-12 (Wed) 04:01 ]  
   Category:七こすり半劇場